こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

人と本の映画『映画 スマイルプリキュア! 絵本の中はみんなチグハグ!』

 テレビアニメ『スマイルプリキュア!』映画化作品。
 「世界の絵本大博覧会」にやってきたみゆきたちプリキュアの五人は、絵本のなかからやってきたという少女ニコに出会う。彼女に連れられ五人は絵本の世界を訪れるが、やがて謎の影の仕業によっていくつもの物語が混ざり合い、大騒動がはじまる...。

 テレビシリーズでは、みゆきが絵本好きであること、メルヘンランドとバッドエンド王国の関係など、本/物語にまつわる重要な基礎設定があるにも関わらず、掘り下げはされていませんでした。この点、本好き/物語好きとしては非常に不満があったわけですが、スマプリ特有の「楽しさ至上主義」とでも言えそうな、「毎回全力で面白いことをやる」という空気に満ちた作品内外の雰囲気のおかげで、最近はその不満も忘れかけていたのです。
 と、いうところに、今回の映画のオープニングですよ。
 小さな公共図書館のまえで、職員が除籍本のリサイクルブースを設置している。「ご自由にお持ちください」の文字。「本を大切にしてくれる人が持っていってくれればいいですね」と話し合う職員たち*1。おや、これはなかなかにいい図書館描写じゃないですか、と姿勢を正すことになります。ファンタジックな「ふしぎ図書館」もいいけど、現実世界と地続きな「本」について語られるのだ、ということが示されるのです。要は、「映画を観ているあなたたちだって、近くの図書館でこの絵本に出会えるかもしれないよ」ということですね。
 で、続くのは、図書館の近くで遊んでいる幼いみゆきの姿。みゆきは一人、地面に絵を描いている。近くにいる女の子たちと目が合う。どうも女の子たちはほんのわずかだけこちらに興味を持ってくれているかもしれない、でも恥ずかしいから絵を自慢するでも遊ぼうと誘うでもなく、必死に絵を描きつづける...。この描写でもう滂沱の涙です。ああそれすげえわかる。ていうか今でも対人コミニュケーションはいつもそんな感じだよ! もうこの時点で「俺の映画」決定です。

 そんな引っ込み思案なみゆきが、先程の図書館で除籍されていた絵本を手に取り、その登場人物ニコのいう「仲良くなるには笑顔がいちばん」という言葉に出会います。
 この、夢見がちなようで実はすごく実用的な言葉が、またいいのです。
 『スマイルプリキュア』のテーマは、「いつもスマイルでいればハッピーな未来は必ずやってくる!」*2です。毎週テレビ放送を目にした視聴者は、その楽しさにとうぜんスマイルになり、ハッピーな気持ちになる――というわけでべつにいまさら論理立てて言われなくてもファンならそれを重々身体で把握できているのですが、とはいえ、「笑ってるだけじゃお腹は膨れないでしょー」的な反論をされてしまう余地はあった。平凡なぼくたちは、スマイルチャージととなえればプリキュアに変身できるみゆきたちと違うのですから。
 そこに示される、仲良くなりたいなら、まずは笑顔になってみては?という提案。もちろん笑顔でいるだけで万事うまくいくわけではないのですけど、人間関係を円滑に進める助けとしては非常に有効な方法です。これは、荒んだ社会を渡り歩いていく大人なら誰でもわかっているはず。
 幼いみゆきはさっそくニコの教えに従い、先程の女の子たちと友だちになれたのでした。

 そして映画は現在に時間を戻し、成長したみゆきと、偶然再会したニコとの物語を描いてゆきます。
 いまや笑顔を最大の持ち味として、大切な4人の仲間を得たみゆき。ですが、360度、すべてに対して笑顔でい続けられるわけではありません。詳細は伏せますが、本作で彼女は、自らが傷つけてしまった者と向き合うことになります。
 彼女はかつて自らも孤独を味わったことがあるために、かれと全力で向きあわねばなりません。一度は打ちひしがれるみゆきに、それでも、正直に真正面から自分の気持ちをぶつけるしかないんだ、と優しく促すあかねの貫禄は、直前に自らもまた大切な人に気持ちを伝えることの重みを身を持って感じていたからでしょう*3。仲間たちがみゆきの背中を押し、みゆきもまたかつて愛した者の背中を押し、その者もまた――と、このあたりの構造はぼくが偏愛する『映画ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー…ですか!?』に通じるものがあります。かつ、その発端には「本」がある。

 先日、本読みの人、それも本を読むことを生業とし骨の髄から本を読み込むようなたいへん徳の高い人と話していて、「本を読んで自分が変わった、助けになった、といった結果のために本を読むのはおかしい」という話題になったことがあります。ぼくもこの意見にはほとんど同意で、変化とか成長とか前進とかだけが前提になった読書ほど唾棄すべき行為はない、と常日頃思っています。自己啓発本糞食らえ、と思う。
 でも、矛盾しているのですが、本を読んだとき人は、変化し成長し前進せざるを得ない。言葉を受け取ったとき、それをまったく無かったことにはできないのですから。何らかのものは人の中に残る。それが、半ば無意識に人のあり様を変え、日常を変え、人生を変える。
 本と人の関係を描く時、ことはかように複雑で繊細です。
 何が正しいと言うでもなく、しかし、この本と人の関係の手触りみたいものを、みゆきとニコの物語はみごとに描いていたと思います。
 傑作だし号泣だよ!


 以下落穂ひろい。
 こうした物語である以上、みゆき以外のプリキュアたちに葛藤はないのですが、短い上映時間で5人の成長を描くのは相当な難行なわけで、一本の映画の構成としてもみゆきに焦点を絞ったのは大正解でしょう。
 みゆきの物語の掘り下げ具合は、本編どうすんだと心配になるくらいのもの。なんかもうピエーロ様にも同じこと言えば済んじゃうんじゃねーの、という。
 ま、おそらく今回はあくまでみゆきの魅力(ラストの嬉し泣きなんかもう最高ですよ)と他のプリキュアからのみゆき愛を極めただけだったので、テレビシリーズでは5人全員の活躍を掘り下げていくのでしょう。期待期待。

 映画といえばゲストキャラ。
 ニコを演じていた林原めぐみの演技力には今回もまた唸らされました。ほんとうめえな。『マルドゥック・スクランブル』の域まではいかないものの、類型的と言えなくもないキャラクターに、実在感とかわいさを両立させ、類型と感じさせないのがさすが。
 あとこれは大きいお友達ならみんなわくわくしたはずですが、牛魔王さんをはじめとする「悪役」チームがよかったですねー。本作で唯一不満だったのは、彼らのアクションシーンが薄めだったところですよ。ハッピーたちを先に行かせたあとの活躍はディレクターズカット版で追加されますか。
 そうそう、ニコちゃんはじめ、キャラクターたちのデザイン、それからプリキュアたちの絵本世界の衣装もとてもかわいくてよかったですね。とくにみゆきのウルトラキュアハッピー姿はよかったなあ。左右のブーツの長さが違うのがかわいい。

 ウルトラキュアハッピーとその能力については、まあいろいろな先行作を思い出すわけで、プリキュア的にも毎度おなじのインフレではありますが、でも、大きいお友達はそういう蓄積があるけど、リアルタイムで観てる子供には関係ない話ですから!そこんところは気にしないのがよきプリキュア観賞法です。

*1:その中に、本来は破棄されるであろう、ページの破れた汚破損本が混ざっていたことは突っ込まないでおきましょう。

*2:松下洋幸プロデューサー、「アニメ質問状 : 「スマイルプリキュア!」」でのコメントより。http://mantan-web.jp/2012/04/07/20120406dog00m200055000c.html

*3:第36話『熱血!?あかねの初恋人生!!』。なんかこう...一足先に大人になったよねあかねちんはさ...。