しがない営業職で糊口をしのいでいるぼくだが、時折、自分の仕事は物語をつくることではないか、と思うことがある。
商品が開発された経緯を語り、商品が客のところに届けられる由来を語り、購入することで客が得るであろう未来を提示する。商品にまつわる膨大な情報を取捨選択してわかりやすいストーリーラインをつくり、短い時間でも飲み込みやすいかたちに整形して語る。飛び込み営業において、ぼくの頭はそのように働く。
定期訪問を伴う継続的な営業では、ぼくは物語を語ると同時に、客に物語を語ってもらう。かれが抱える問題や、周囲から要請されている役割、はたまた同業他社とのつながりなど、さまざまなエピソードを聞き出す。ぼくは客の物語と、ぼくが提示する物語の接点を探し、重ね合わせる。客も同様の作業を行う。お互いの物語が合致したところで、ぼくは商品を提供し、客は対価を支払う。
合致しなかったときは、違う語り方をしたり、異なる要素で物語を再構成したりして、できるだけ客の物語へ近づける。時にはどうしても互いの物語が重なり合わないことがあるから、そういうときはおとなしく、ぼくも客も語るのを止める。
ごくまれに、ぼくの物語に決して耳を傾けてくれない人がいる。
かれは屈強な物語を自分の内に抱えている。そこから少しでもずれがある物語は、かれにとって無意味であるらしい。
ぼくはなんとかして、自分の物語をかれの物語へ近づけようとする。かれの語った物語をリピートして、かれの思いに見合うよう、かれの演出に沿って動かせてみせる。けれどもかれはその物語を認めない。ぼくとかれが違う人間である限り、二人の語る物語の間には、絶対に埋められない差異がある。かれはその差異を許してくれない。かれは自分の物語だけを信じている。
ぼくは彼に訊いてみたくなる。
自分が生み出した、自分しか出てこない物語を毎日もてあそんでいて、何が楽しいのだろうか、と。
それは確かによくできた物語かもしれない。美しいすじに、整った顔立ちの登場人物たち。輝かしい演出。けれど、そこにはあなたしかいない。あなたの考えることしか含まれていない。ぼくがどんなに物語を語っても、あなたの物語と繋がることはない。
ぼくはあきらめてはいけないのだとは思う。ぼくがかれの物語を完璧に読み取り、彼の用意した台本を一字一句間違えずに発音し、かれの演出にしたがって正確なステップを踏んでみせればいいのだろう。でも、それはほんとうに疲れることだ。ぼくは疲れてしまった。もうかれの物語に付き合っていたくはない。
...というような日常を過ごしているものですから、村上春樹『1Q84』、映画&小説『交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい』、伊井直行『ポケットの中のレワニワ』と、物語と現実が対立し、物語をめぐって人々が対立する物語を連続して摂取したここ半月は、なんだかひじょうに心が揺れ動く日々でした。
仕事、半年くらい休みたいなあ。無理だけど。
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