こづかい三万円の日々

40代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

山村響LIVE 2022「town map」のこと

 2022年10月9日に行われた山村響さんのライブ「town map」に行ってきました。
 会場は吉祥寺ROCK JOINT GB。

 

 響さんは吉祥寺で複数回ライブをやったことがあり、ROCK JOINT GBもすでになじみの会場だったとのこと。自分も2016年と2017年にCLUB SEATAで行われたライブに参加したことがありました。

 当時はぜんぜん吉祥寺に馴染みがなくって、ライブの後、食事する場所を探してうろうろし結局そのまま帰ったりしてました。あれだけ飲食に事欠かない街なのにもったいなさすぎる。とはいえライブ前に妻と一緒に吉祥寺美術館で萩尾望都先生の展覧会を観たりとか、駅前のベンチでぼんやり缶ビール飲んだりとか、個人営業のごく小さなカフェでおいしいコーヒーを飲んだりとか、ビックカメラ前で夏祭りのみこしを眺めたりとか、ぱっと思いつくだけでもけっこういろいろなよい記憶があります。
 あれから数年経った最近は、中央線沿線で仕事をすることが増えていて、吉祥寺周辺にもよく行っています。吉祥寺というのはおそらく非日常のなかで行くぶんにはよいのですが、仕事で行くと、常にふわふわ浮かれている感じの駅前アーケード街も、周辺に広がる高級住宅地も、あんまり親しみをもって接することはできません。自分の年収ではあのあたりに住むことも、頻繁に通うことも難しい。自分はもっと地価の低い街に住んでいるので、どうしても、労働力を安く買い叩かれている、という構図を頭から拭えません。
 それでも、よく通う古本屋や書店など大好きなスポットが増えてきましたし、通いなれた松屋ドトールには、たとえどこの街にもあるチェーン店であっても、固有の深い愛着を抱きつつあります。
 要は、吉祥寺というのは今の自分にとってなかなかに大事な「town」なのであって、そういう場所で「town map」というタイトルを冠したライブを聴くというのはかなり特別な経験になったのでした。

 

 今回のライブのタイトル「town map」は、響さんのEP『town』『map』からとられています。
 ライブ冒頭、コンピュータゲームをイメージさせるピコピコとしたインストゥルメンタルが流れ、響さんとおぼしき人物の「I got a town map!」という声が響きます。ゲームの中で新しいマップを手に入れたときの演出のようです。すでに様々な場所で、響さん本人の口からふたつのEPがゲーム『ポケットモンスター』をオマージュしていることが明言されていますが、改めてゲームへのリスペクトを宣言するかのような演出でした。

 

 「I got a town map!」。
 前述の通り、吉祥寺という街を以前よりは知りつつある自分にとって、その言葉は感慨深いものでした。「town」「map」の楽曲で描かれる人物(それはもちろん響さん本人を思わせる存在ですが)となかば自分を重ね合わせながら、ライブを楽しみました。
 わたしはライブ当日も、吉祥寺で仕事をしていました。10月はわたしの仕事のいくつかある繁忙期のなかのひとつです。わたし以外に誰もいない小さな部屋のなかで、寝不足の頭をなんとか稼働させて、果てなく積まれた仕事を少しだけ済ませる数時間を、いつもと同じように過ごしました。その日のライブに向けて仕事を一段落させることもできなかったし、ライブのあとも、週が明けたら相変わらず仕事の山に挑んでいかねばなりません。
 もし響さんの歌が、I got a tresure map ! だとか、 I got a bright life in the town ! といったせりふとともに歌いはじめられていたら、わたしはその言葉と自分の人生の乖離を受け止められなかったでしょう。I got a town map! というせりふは、なんともやさしい。それは誰にだって可能なことだからです。基本的には地図って誰でも描けるものです(距離や標高を正確に表すような地図をつくるには専門的な技能が必要ですけど)。ただ毎日、その人の前に広がる世界を少しずつでも歩いて、見聞きしていれば、その人の生き方に即した地図が自然と頭のなかに出来上がっていきます。
 それと同時に、その人のtown map はその人にしか作れないものでもあります。誰もが使う普遍的な地図ではなくて、その人の頭のなかに描かれていく街の地図というものは、その人が自分の目で見、自分の足で歩き、自分の頭で受け取ったものごとを記憶していくことでしか作れないからです。

 

 『map』の最後に収録されている曲であり、ライブの最後に歌われた曲でもある『make a map』は、憧れの存在と自分のことを語ります。「キミになりたくても/キミにはなれないの…」という歌い出しのとおり、憧れの人のようには生きられない自分への諦念を出発点にしながらも、この歌はとてもポジティブに聴こえます。といって、自分の歩いてきた道だけを肯定するわけじゃない。曲の最後は「キミの足跡横目に/歩き続けよう」という歌詞になっています。憧れの人の存在は不可欠だし、これからもその憧れの人をつい見てしまうことは避けられない。そのことがそっと描かれて終わる。アキヤレモンサワーによるMVを観ると、一層、憧れの存在「キミ」と「ボク」の存在は近いものに感じられます。必死に追いかけていた「キミ」もまた、「ボク」を「横目に」生きてきたことが示唆されるラストシーンがわたしは大好きです。自分と他人の立っているそれぞれの場所を確認して、それぞれに歩いていくありさまを、自然に、力強く描いているからです。

 

 10月9日のライブは、新しく響さんの音楽に触れ、初めて響さんのライブにやってきた、というお客さんがとても多いライブだったと思います。だから、響さんの音楽活動がどんどん規模を大きくしていってもおかしくない情勢なのですが、ライブ後の彼女の活動は、「同人音楽イベントでライブCDを手売りする」「吉祥寺のROCK JOINT GBでバースデーイベントをやる」といった、相変わらずの手作り感満載の路線です。ファンが大事にされていて嬉しいけど、いや、もっとこう裾野を広げるようなことをしてもいいんじゃないかな!と思わないではないです。思わないではないですけど、きっとこれも、「map」を作るってことなのだ、とわたしは勝手に思っています*1

 

 ライブのあと、相変わらず自分はひーひー言いながら仕事に忙殺されていて、タスク山積みの机の上をほとんど片付けられないまま、2022年は終わっていきました。そんななか、仕事で吉祥寺を訪れた日は、仕事先へ向かう道をちょっと変えたり、遠回りをしたりして、ROCK JOINT GBの脇を通るようにしています。
 ROCK JOINT GBの看板を横目で見ながら、ライブのことを思い出して、わたしは、地図を作っている自分をイメージします。自分にできるのは、唯一無二のゴールに到達することでもなく、最短距離のルートを発見することでもない。ただ自分の地図を作ることなのだ、と言い聞かせます。そうして、理想の自分に近づけないことや、仕事を100%きれいにこなせないことで自分のなかに鬱屈してしまう焦りを、少しでも取り払おうとします。
 まだ人生がバラ色に変わったわけでもないけれど、そのようにして、あの日のライブでもらったことを力にしてわたしは日々を過ごしています。そしてそういう意味で、あのライブはすばらしいものだった、と思うのです。

 


www.youtube.com

 


*いやこんなんじゃどういうライブだったのか全然わかんねえよ!わかんねえな!と自分でも思うので、自分がライブ直後にRadiotalkという音声SNSで発表していた感想がなかなかよかったのでそちらへのリンクを載せておきます。やっぱライブレポってのは新鮮なうちにやっとくもんですね!!!

 

radiotalk.jp

 

radiotalk.jp

 

山村響さんの次回の音楽イベントは以下の通り。

バースデーイベントですが「定例音楽会」と冠されている通り音楽主体のイベントのはずです。今回はアコースティックなものになるとのこと。

eplus.jp

*1:あと、そういう古いファンの勝手な焦りとは別に、たぶん、ちゃんと新しいファンも増えています。大晦日Youtube生配信でも、初めて参加するというかたがチャット欄にいましたし。