こづかい三万円の日々

30代の男がアニメ、映画、音楽などについて書いています。Twitter:@tegit

聴こえるのはだれの声?『ラブライブ!サンシャイン!!』オリジナルサウンドトラック レビュー

 

 

 アニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』の劇伴を、シリーズ前作の『ラブライブ!』のものと比べたとき、誰でもわかる大きな違いが一つあります。
 それは、スクールアイドル以外の「声」が含まれていることです。


 まずはサウンドトラックCDのディスク1・8曲目(1-8と略。以下同様)『ニネンブゥリデスカ』を聴いてみてください。アニメ放送当時、大いに話題を呼んだコミカルな曲です。女性らしき声のコーラス*1だけでシンプルに構成されていますが、アニメ第1話でこの曲をバックに派手に自家用ヘリで登場し、曲名にも用いられた「ニネンブゥリデスカ」と含みのある謎のせりふを残す小原鞠莉のわけのわからなさを引き立て、結果としては恐らく本作のサントラ中でもっとも人々の記憶に残った一曲となったといえるでしょう。
 この声が全面的に使われるのは、1-20『Carrot & Stick』です*2。第2話、生徒会室でダイヤがμ'sについて熱く語るさまと、学校前バス停でルビィと千歌がユーモラスにじゃれつくさまを交互に描くシーンで使われています。1-8とはがらりと変わり、様々な楽器が賑やかに鳴る楽曲です。音頭のような脳天気な雰囲気に、バンジョーとバイオリンが加える若干の愁いと民族音楽風の響きがとても魅力的です。
 1-24『ウチウラータイム』では、コーラスではありませんが、口笛が主旋律を奏でています。これも人の口による楽器ですから、「声」に準じたものと言ってもいいかもしれません。曲名からわかる通り、これは沖縄の音楽の雰囲気を取り入れるためでしょう。ウクレレとエレクトリックギターの音色とあいまって、穏やかでのんびりした内浦の空気感を魅力的に伝えてくれます。
 続く1-25『スクールアイドルに恋してる』では、再びコーラスが用いられます。高海千歌が抱くμ'sへの憧れを高らかに歌い上げる一曲です。それまではキャラクターや物語の舞台の個性を表していた「声」がまずは低く響いて、その後、高揚感のあるメインテーマの変奏が奏でられていきます。まるでその展開は、内浦で暮らす千歌たちの人生に、スクールアイドルという輝かしい存在が現れた物語の経緯を示しているかのようです。


 『ラブライブ!』、特にアニメ一期の劇伴は打ち込みが多く、二期、映画と後の作品になるに従って生楽器が増えていきます。恐らく、作品のヒットに伴い、音楽づくりに費やせる予算と労力が増えたということなのでしょう。『サンシャイン!!』において、人の声*3を始めとする『ラブライブ!』になかった楽器が多数使われていることも、そんな製作事情が大前提としてあるに違いありません。
 それをわかったうえで、わたしは考えます。この「声」はだれの声なのか、と。


 映画やアニメの劇伴において、ある楽器が物語の登場人物を象徴して用いられる、ということはよくあることです。というか、『ラブライブ!サンシャイン!!』の場合、その技法が極めてわかりやすく効果的に使われています。言うまでもないでしょうが、ピアノ=桜内梨子、ということです。
 1-2『桜色の風』を始めとして、梨子の関係する楽曲ではピアノが中心になっていますし、梨子を除くAqours8人の歌う『想いよひとつになれ』においては、まさしくピアノの音が梨子の「声」として扱われています。
 同様に、劇伴におけるコーラスの「声」もまた、作品世界のなかの人々の「声」として扱われているのではないでしょうか?
 それは誰かといえば、Aqours以外の沼津・内浦の人々です。


 サウンドトラックに収められている楽曲のなかで「声」が用いられているトラックは、前述のものに加え、『LET'S GET DOWN』『新理事長がやって来るOh! Oh! Oh!』『妄想作戦会議』『It's a sunny day!』『陽だまりのリハーサルスタジオ』『ウキウキ夏合宿』があります。いずれも、ステージに立っていない、日常のAqoursを描くシーンで用いられた楽曲です。Aqoursの日常に存在する音としてこの声は用いられている。
 一方、内浦や沼津を舞台としていても、各メンバーの物語が劇的に展開する場面、たとえば千歌と梨子が初めて出会ったり、鞠莉と果南が和解したり、といったAqoursたち本人しか介在しない場面においては、この声は響きません。
 こうしたことからすると、この「声」がAqours以外の人々を表すものだというのも、そう無理な考えではないのではないでしょうか。
 しかし、『ラブライブ!』という作品において、主人公たち以外の「声」が響くということには極めて重い意味が生じます。


 『ラブライブ!』、特にアニメ版の物語は、μ'sの9人になかば非現実的なほどに的を絞って組み立てられています。『ラブライブ!』の京極尚彦監督は、μ'sの9人全員がいないと成立しない物語を作ろうとしたと語っていますが*4、それは同時に、9人さえいれば成立する物語だ、ということでもあります。二期第9話における音ノ木坂学院の生徒や、映画における全国のスクールアイドルなど、物語のなかで重要な役割を担う他者はいるものの、いずれも一期でμ'sというグループの物語が確立したあとのことですし、それでもそうした演出に対するファンからの反発もあったように記憶しています。
 また、ライブにおいても、μ'sのメンバーが「1」、「2」...と点呼していくくだりで、一部の観客がファンも十人目のメンバーであるという意味で「10」と声をあげる行為も、多くの観客から批判されていたようです。
 μ's九人に的を絞った作劇によって成り立ち、人気を得た『ラブライブ!』という作品においては、かように、主人公たち以外の「声」が響くことは、それまでの作劇の方針から外れることでもあるし、ファンの親しんだ世界観を崩すことでもあるわけです。


 しかし、『サンシャイン!!』のアニメ13話で、その不文律は大きく崩されました。
 わたしは、13話は、物語中の浦の星女学院の生徒たちや地元に住む人々、ひいては画面のこちら側にいるファンたちをAqoursの「十人目」のメンバーともいうべき存在として迎え入れることを一つの目的としていると考えています*5
 そこから逆に考えると、音楽においてAqours以外の声が響いていたことは、その13話の描くテーマを物語の当初から準備するためだったのではないか、とさえ思えてくるのです。

 

 前述の通り、あくまで劇伴のなかの声は、Aqoursの日常のなかでしか響いていません。
 アニメ13話で描かれ、また多くの視聴者が問題としたのは、Aqours以外の人々がステージの前へと招かれることでした。劇伴が行っていたAqours以外の「声」の扱いから、さらに一線を超えた演出です。
 13話以降の物語を描くであろうアニメ二期において、果たしてAqours以外の人々はどう扱われるのでしょうか。そのことは、劇伴にも影響を及ぼすでしょう。アニメ二期の劇伴で、どこで「声」は響くのか。案外そのことは、作品全体のテーマを大きく左右することになるのかもしれません。

 


TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』オリジナルサウンドトラック「Sailing to the Sunshine」CM

*1:ハミング、あるいはスキャットと呼ぶべきなのでしょうか?

*2:サウンドトラックの順番では1話で流れる『LET'S GET DOWN』のほうが先なのですが、コーラス部分はほぼ使われていません。

*3:なお、サウンドトラックCDのクレジットには、コーラスについてのクレジットがありません。とすると、この声はシンセサイザーで作られた人工的なものなのでしょうか? 素人の耳には人の声のように聴こえるのですが...。

*4:ラブライブ!TVアニメオフィシャルBOOK』

*5:「わたしたち」から「君」へ/『ラブライブ!サンシャイン!!』13話のこと」 http://tegi.hatenablog.com/entry/2016/10/05/012803